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見聞を広める 海外旅行記 〜上海・蘇州・無錫4日間〜

海外旅行記

11月12月限定!
上海・蘇州・無錫4日間

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 3日目の午後は、上海博物館を見学後、ラテックスス寝具専門店でショッピングをする。その後、豫園を見学する。豫園商場を散策して、夕食は、上海蟹1杯と上海料理を頂く。
 4日目は、朝早く上海浦東空港に向かって、帰国の途へ。



昼食の点心料理を食べた後、上海博物館に向かう。

マップ

観光した場所をポイントしています。ご覧ください。



より大きな地図で 上海・蘇州・無錫 を表示

上海博物館見学

 上海博物館は世界に誇る膨大かつ質の高い中国古美術のコレクションを主とする博物館です。1952年に設立され、1996年上海の中心地である人民広場のなかに新館が建てられました。新館は中国古代の宇宙観、「天円地方」(天は円く地は方形)説に従い、方形を土台にした円柱形の建物になっています。南に面した正門の両側には唐獅子の彫刻がそれぞれ四体ずつ立っています。遠くからみればまるで巨大な鼎がそこに聳え立っているようです。
 現在、百万点近くに達した当館の所蔵のうち重要文化財は13万点におよびます。コレクションのなかでは青銅器、陶磁器、書画が最も優れていますが、ほかに玉器、象牙、漆、家具、甲骨、印章、貨幣及び中国各民族の伝統工芸品などをそれぞれ21部門に分類し、展示しています。
  一階の青銅器館と彫刻館は中国の古代文明を象徴していま す。二階の広い展示室で優美かつ繊細な陶磁器を思う存分に楽し めます。三階に上がると清らかな書画のコレクションが皆様を雅の世界に導きます。四階は可愛らしい玉器や象牙、また各時代の家具、そして各民族の伝統工芸品を展示しています。ここ上海博物館では中国五千年の文化を身近に触れ、親しむことができます。(カタログ から)
 ここは、見学するとよろしいです。

円柱形の正門と両側には唐獅子の彫刻

 普通、博物館内は撮影禁止であるが、ここでは撮影ができた。展示品の一部をご覧ください。

菩薩漆金彩絵木彫像 

ラテックス寝具専門店でショッピング

 上海博物館の見学後、ラテックス寝具専門店に向かう。バスから景色を眺める。

テレビ塔(468m)と森ビル(地上101階、高さ492m)が見える
   
 

 上海宏聖工芸禮品商行のラッテクス寝具専門店でショッピングをする。店の係員が説明を始める。
ラテックスとは、ゴムの木から採取した樹液のこと。当社の製品はすべてゴムの木から採取した天然の樹液を精製し、 配合して製造した 純正ラッテクス製品です。枕に関して、「肩こり防止枕」「いびき防止枕」「抱き枕」があり、 各々持ち帰るように圧縮できます。とのことだったので、 「いびき防止枕」を買ってしまった。

豫園に入園するまでに

 豫園に入園するまでに、豫園老街を通って行く。なかなかの賑わいだ。通り抜けると広場にでる。そこには、池の中に建つ湖心亭が現れる。 橋を通って豫園入口に向かう。この辺りが豫園と豫園商場のビューポイントか?

豫園老街を通り抜ける
湖に浮かぶ湖心亭

豫園見学

 1559年に着工された、江南様式の名園。明代の役人藩允端(はんいんたん)が父藩恩(はんおん)のために、19年かけて造った私庭が始まり という。 造園を陣頭指揮したのは名工の張南陽で、そのできは「為東南名園冠(江南の名園のなかでも一番とする)」と古人に称えられたほどであった。 園内は5つの景観区と内園に分かれ、大小の楼閣が建ち、巨石や太湖石が配されている。(地球の歩き方 中国 から)

豫園の入口、順序良く入園する
三稲堂
 豫園の門をくぐるとまず正面に見えるのが三稲堂である。三稲堂とは豊作を祈念して付けられた名のようで、建物のドアには、稲、麦、黍、瓜類の浮き彫りがなされている。元は楽寿堂と呼ばれたが、1760年に再建され、名前も変えられた。豫園でも最も古い建物のうちの一つであり、釘を使わない建築としても知られている。屋根の上には、右側には張飛、左側には関羽の像がある。三稲堂に入ると、正面に3つの額がかけられているが、これは、豫園の所有者が数回に渡って代わったことを示している。一番上には「城市山林」と書かれている。城市とは市街地のことであり、すなわち、「豫園は街のなかのオアシスだ」という気持ちが現されている。真ん中の「霊台経始」とは「祖先の霊に対し、崇拝をするぞ」というような意味である。正面には豫園の最初の持ち主である潘允瑞が記したとされる豫園記があり、豫園創建の経緯が詳しく書かれている。
仰山堂と築山
 三稲堂の奥は1866年に建てられた仰山堂で、その名のとおり、池を隔てて筑山が望まれる。築山は高さ12メートル余りで、上海から200キロ離れた浙江省の武康県から運ばれてきた武康石2000トン積み重ねられてできている。張南陽という当時の造山の大家の作で、園内の建物が再建される中で、ここは西北部の一部が削られただけで創建当時の姿をほぼ完全に今に留めている。山上の望江亭という東屋があるが、400年前にはここが上海で一番高い場所であり、黄浦江が望めたと言われる。
遊廊
 仰山堂の側に鉄製の獅子像があるが、これは元代に河北省安陽県で作られたものと言われる。獅子は雌雄一対になっており、子供をあやしているのが雌で毬で遊んでいるのが雄。この獅子像から三稲堂と仰山堂の間を見ると、瓶の形をした門が二重に見え、更に奥には木が見え、空間が面白く演出されている。 獅子像の先には遊廊と呼ばれる回廊がある。中国の庭園においては建物と建物の間はたいてい廊下で結ばれているが、これは次の建物への経路を示しているだけでなく、庭全体が回廊から見ても美しいように構成されており、景色を楽しむポイントともなっているのである。この遊廊からは右手に山水画のような筑山が見え、左手には風俗画のように東屋、池などが広がる。回廊の中ほどに、大きな太湖石が置かれている。付けられている名前は美人腰。更に奥に進むと藤棚があり、左手の壁に200年前に作られた彫刻が掛けられている。背が低く髭を生やし、杖をつく老人は人間の寿命を司るといわれる寿老人で、その上が観音菩薩、右が中国仏教の開祖と言われる達麿大師である。
ガイドさんが触ると何とか言ってた!次々と触って行く、私も触った!
万花楼
廊下を抜け左手の建物は、1843年に再建された万花楼である。万花楼は「花でいっぱいである」という意味で名づけられたのだろう。この建物の扉や窓には、竹、蘭、菊などの彫刻が施されている。中の家具は200年以上の歴史を持つ。庭に立つ銀杏の木は豫園設立当初からあると言われ、樹齢は400年を超える。
龍壁
 点春堂と万花楼の間の壁上部は龍で装飾さ れている。龍はもちろん想像上の動物であり、よく見れば、頭は牛、角は鹿、口は馬、爪は鷹、身体は蛇、鱗は魚に似ている。口には玉をくわえている。龍は玉がよほど大好きで、玉をくわえた龍はよだれを垂らしてしまう。そのよだれを喉元の蛙が待ち受けている。龍は皇帝の象徴であり、臣下は龍の装飾を用いることが禁じられていた。しかし本来龍の爪は5本であるのに対しここの龍は4本爪となっている。豫園の持ち主は、咎められたときは「これは4本爪であり龍ではない」と答えたと言われる。蛙が良く見えないので、拡張しましたので、下の画像をご覧ください。  
双龍戯珠門の上の2頭の龍と門の両脇に建つ獅子像
玉華堂
 玉華堂は潘允瑞の書斎であったと言われる建物である。デスクに座り真正面となる位置には玉玲瓏と呼ばれる高さ約3メートルの太湖石が置かれている 1105年に宋の徽宗皇帝が庭園建築のために全国の奇石を集め開封に運ばせたが、運搬の途中でいくつかが紛失したと言われており、玉玲瓏はそのうちの一つと伝えられる。太湖石は「漏痩皺透」(穴が多く、ほっそりしており、襞が多く、すっきりしている)のものが良いとされ、玉玲瓏はその典型であるとされる。
 説明内容は、エクスポロア上海 豫園 サイトを参照しました.

豫園商場散策

 豫園商城は、もともと「豫園商場」といい一企業で管理をしておらず、行政機関において商店を管理していた。1980年代初め、 行政により豫園商場の名前を踏襲することを決定し、その中の百貨業を一緒に統合して、国有企業とした。 1987年、国有企業の株式制への移行改革の波が起きて、豫園商場は上海市の商業界の初の株式会社として許可された。 1988年、豫園商場の株券は上海証券取引所に登録され、中国の初の株式上場会社となった。1992年、豫園商場は、経営管理、経営を統合し、 「上海豫園旅游商城股フン分有限公司」を創設し、新会社は旧会社に代って、上海証券取引所に上場した。 2002年、民営企業の復星グループが筆頭株主となり、豫園商城は、民営企業となった。(ウィキペディア サイトから)  
 豫園商場で、約50分散策した。その後、夕食するレストランに向かった。

正面の建物が「ユウ秀楼」(お土産店) あの建物が見える
森ビルが見える 湖心亭をバックに!
正面の建物が緑波廊(レストラン) レストランに向かう途中で

夕食は、上海料理

 夕食は、上海教育会堂の5階レストランで、上海蟹1杯と上海料理を食べました。私は蟹は食べ方が下手なので苦手です。

上海蟹1杯と上海料理を召し上がれ!
ホールの5階レストランで!

帰国の途へ

 朝6時に起きる。6時55ホテルを出発。上海浦東空港を9時15分に離陸した。成田到着は、13時17分だった。

上海浦東空港D87ゲートに向かう
CA929に乗る 成田空港が見えてきた!
昼は機内食

 3泊4日の激安旅行だったが、十分に観光ができた。食事も満足だった。
ガイドさんやドラバーさんも一生懸命サポートしてくれた。お疲れさまでした。



                                    

(2011.11.6-9)