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海外旅行記            

充実のトルコ周遊8日間

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 6日目:モーニングコール: 6:00    荷物回収: ナシ
      朝食      : 6:00    到着   : 7:15

写真を拡大で見る場合は、ここをクリックして下さい。

イスタンブール観光(世界遺産)

 6時頃、車掌がモーニングコールのためドアをノックする。朝食は食堂車で食べる。時間制なので、きっちりと6時に行かなければならない。朝食が終り、しばらくしてイスタンブールに7時15分に到着した。そのまま観光バスに乗り込みイスタンブール観光が始まる。運転手は、ジャンさんに交代していた。

 イスタンブールの街は、大きく3つに分けられる。ボスポラス海峡を境にアジア側とヨーロッパ側、さらにヨーロッパ側は金角湾より北を新市街、南を旧市街という。アジア側は小さな町が集まるベ ットタウン。ここからフェリーでヨーッパ側に通勤している人が多いという。ビジネス街や大きなホテルは新市街地に集中する。旧市街は、モスクやバザールな どがひしめきあい、下町らしいムードが漂う。(マップをクリックすると拡大になります。)

ボスフォラス海峡クルージング

 マルマラ海と黒海を結ぶ、全長35qの
ボスフォラス海峡。古くから交通の要衝と
して守られてきた海峡沿いには、城塞や
モスク、宮殿、別荘などが建ち並ぶ。
それらを船上から眺めれば、ひと味違った
イスタンブールの景観を楽しむことができる。
(マップをクリックすると拡大になります。)
 
ドルマバチェ・モスク ドルマチェ宮殿:ヨーロッパ様式の宮殿
チュラーン宮殿 オルタキョイ・モスクと
第一ボスフォラ大橋
ルーメリー・シサール
(ヨーロッパ側要塞)
第二ボスフォラ大橋の下を
通ってUターン、
大成建設とトルコの合同で建設した橋
第二ボスフォラ大橋が遠ざかる ガラタ塔が見る
                                       topへ

 下船後、ブルー・モスクへ行く。犠牲祭で祝日だが、ここのモスクはオープンしていたので、イスタンブールの観光客は、ここに集中したので混み合った。

ブルー・モスク

  アヤソフィアの目の前に並ぶようにして立つ白く巨大なモスク。高さ43m、直径23mの中央のドームは、大理石に覆われた4つの掛け橋型をした壁で支えられ、 さらに両側の半円ドームによって重力を分散させるように設計されている。アフメット1世によって1609年に造営が始まり、1616年に完成レたことから、 正式にはスルタンアフメット・ジャミイとよばれる。内部に使われた青いイズニック.・タイルと、それを引き立てるステンドグラスの光があまりに美しいことから、 通称ブルー・モスクとよばれることが多い。アフメット1世は、王族 など身分が高い人々の居住区だった場所を買収して、このモスクを建造した。 アヤソフィアと対峙する場所に立つことから、当時のスルタン、アフメット1世の権力の強さがうかがえる。ここは、フラッシュ禁止である。うまく写真が撮れなっかったので、絵葉書をスキャナで読み込んだ。
 このモスクが世界で唯一、6本のミナレット持っている。ミナレットとは、祈りの時間を知らせるための尖塔で、よりと遠くまで声が届くように高い塔状の構造になっている。モスクを建造するスルタンにとって、ミナレットの本数や高さは権力の象徴であった。ブルー・モスクの6本のミナレットは、アフメット1世が「黄金(アルトゥン)の」と命じたのを「6本(アルトゥ)の」と聞き間違えたためという逸話が残っている。黄金では費用がかかりすぎるため、機転を利かせたという説もある。
  内部には約2万1000枚以上の17世紀のイズニック・タイ ルが使用されている。当時、1枚が金貨7枚分相当だったというから驚きだ。特に中2階(テ ラス)の女性専用の礼拝の場に残るタイルが見事。チューリップ、カーネーション、糸杉などの図柄が青や緑や赤で描かれている。外光を取り入れる窓は約260枚あり、西側正画の窓は色鮮やかなステンドグラスになっている。
ブルー・モスクから
アヤソフィアを眺める
ブルー・モスクをバックに
ブルー・モスクの出入り口

 ブルー・モスクを観光した後、"SUR BALIK FISH"レストランで早めの昼食。トマトスープ、イカフライ、チーズパイ、タラ、デーザートを名上がれ。その後、13時まで、陶器のお店で時間つぶしして、トプカプ宮殿に向かう。

"SUR BALIK FISH"レストラン 隣に城壁が残されている
トマトスープ イカフライ、チーズパイ
デザート 多分”タラ”が出ていなかったので
添乗員は、”チャイ”をサービス
させたのではないか
                                       topへ

トプカプ宮殿

 15世紀にイスタンブールを征服したメフメ ット2世が建設し、1839年にアブドウル・ メジト1世がドルマパ フチェに移るまで歴代スルタンが居城として増築した。 広大な敷地内は4つの庭園エリアに別れ、それを取り囲む建物は現在ではオスマン時代の遣物の博物館となっている。

 ボスフォラス海峡と金角湾、イスタンブールの町全体を見渡すことのできる小高い丘に立つトプカプ宮殿。トプは大砲、カブは門を意味する615〜19世紀にかけて、オスマン帝国の中心として国政が行われ、歴代の君主スルタンとその家族たちがここで暮らした。強大な権力と豊かな富を誇り{世界中の国々にその名を知らしめたオスマン帝国。その宮殿の外観は地味だが、内部に入れば、贅を尽くした装飾の数々に思わずため息がもれるほどだ。(写真は、第二庭園からハレムのドームを眺める。)

トプカプ宮殿見取図

 表敬の門を抜けて第2庭園の右側にある、煙突の連なるユニークな建物はかつての厨房『スルタンの台所』で、現在では陶磁器展示室になっている。そして、第3庭園の右奥の宝物館には柄に3つの大きなエメラルドをはめ込んだ黄金の短剣や86カラットのダイヤモンドなど目をみはる宝石類が並ぶ。その他の建物にも貴重なコレクションが陳列され、興味は尽きない。また、第4庭園の両奥にあるメジディエ・キョシュキュとバグダッド・キ ョシュキュからの海峡の眺望はすばらしく、絶好の撮影ポイントになっている。
アフメット三世の泉
皇帝の門の前方に位置している。
バーブフマユーン(皇帝の門)
この門の内側が宮殿の敷地となる。
表敬の門  二つの塔が目印、
ここからトプカプ宮殿に入る。
 前方に幸福の門が見える
幸福の門
この門をくぐると第3庭園へ行ける。
アフメット三世の図書館に添える
可憐な泉
謁見の間 ディバン(枢蜜院の議場)の上の監視塔
厨房跡
 何本もの煙突が立ち並ぶ巨大な厨房練。かつて数百人もの料理人が腕を振い、4000〜5000人分の食事を作ったと言われる。展示室には、直径1.5mの鍋などが当時の調理道具が展示されている。
何本もの煙突が立ち並ぶ 大鍋が並んでいる

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ハーレム

 宮殿内の女性たちの移住区で、ハレムとは禁止という意味の言葉である。つまり、女性と黒人宦管を以外はスルタンとその王子のみ入場が許されなかった。イスラム教は一夫多妻制だったので、スルタンは4人まで正妻をめとることができた。はレムでの最高権力はスルタンの母にあり、皇子の結婚相手についてもいろいろと根回ししていたという。ハレムは当初、旧宮殿内にあったが1588年に現在の場所に移された。右写真は、ハーレムの入り口である。表敬門をくぐって一番左側にある。ハレムの中は撮影禁止なので写真は無い。スルタンの母親の寝室やや浴室、スルタンの浴室、宴会の間、スルタン・ムトラ三世の天井付き寝台、広間、金張りの暖炉などなど、見事である。参考のために2〜3スキャナーから読み込んだ写真を載せる。
スルタンの母親の寝室 スルタンの浴室
白大理石で造られている。
金張りの暖炉
真珠貝の象眼細工を施した扉の
中央に見られる「カフェス」の
金張りの暖炉
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宝物館

  トプカプ宮殿の外観は比較的地味な印象を受けるが、この宝もの館を訪れば、かつてのオスマン帝国がどれほど豊かな国であったかを垣間見ることができる。 歴代スルタンの宝、食器、玉座などが展示され、そのほとんどが贈り物かまたは勝利品だ。どれも金やエメラルド、ルビー、ダイヤモンドがふんだんに使われている。 ここも撮影禁止である。3つの大きなエメラルドをはめ込んだ黄金の短剣や86カラットのダイヤモンドなど目をみはる宝石類には、溜息が出るだけである。(写真は:絵ハガキをスキャナで読み込んだ。)

世界的に有名な短剣 世界で第7のダイヤ

 トプカプ宮殿は、当時のスルタンの財力と権力の象徴である。1453年にオスマントルコは崩壊するが、それまでヨーロッパに強い影響力を持ってきました。 特に地中海貿易の権いなど、アクロポリス(ギリシャの)を大砲で壊したのもオスマントルコで、ギリシャ人は今でもトルコ人が大嫌い。EUにトルコがなかなか加盟 できないのはギリシャの反対のせい。その他に、やはりイスラム教だからというのが根にあるようです。
第4庭園の両奥にあるバグダッド・
キ ョシュキュ付近
から海峡を眺望する
帰りに細杉にイチジクの接木を見る

 トプカプ宮殿の観光が終り、はやめに本当の5つ星ホテル コンラッドにチェックイン。さすがに5つ星だけあって部屋が広い。しかし、料金が高いせいか、 夕食は、ホテルのレストランではなく、ガラタ橋を渡って旧市街地にある"SULTANI"レストランだ。ホテルのホールに19時集合。 それまで、バスタブに湯をたっぷり入れて風呂に入ることにした。

5つ星のコンラッド ホテル 部屋は広い、BS2チャンネルが見られる!
"SULTANI"レストラン トルコ風パン
ミニトルコピザ、
キョフテ(ミートボール)
デザート
ディナは美味しいですか?

水道橋
ホテルに帰る途中で、水門橋を撮った!
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 7日目:モーニングコール: 7:00    荷物回収: 8:30
      朝食      : 7:00    出発   : 9:30

 いよいよイスタンブールの最後の観光となった。7時に朝食して、出発時間まで部屋でゆっくりしていた。ホテルを9時30分に出発して、ブルー・モスクのちょうど向かいにあるアヤソフトに向かった。

ホテルの部屋からボスフォラス海峡が見える!

アヤソフィア

 「聖なる叡智の聖堂」を意味するアヤソフィアは、ブルー・モスクと並ぶようにして旧市街にそびえている。直径約30m、高さ54mの巨大ドームが中央にそびえ立つビザンチン建築の大聖堂。ローマ帝国時代にキリスト教会として建てられた。第4次十字軍やオスマン・トルコ軍によって略暴、翻弄された歴史を持ち、ビザンチン美術の傑作と言われるモザイク画の数々も、500年の間、漆喰で塗りつぶ されていた。現在では、モザイ ク画も復元され「キリ ストを抱いた聖母マリア」をはじめ、多くの世界的な傑作を有する博物館として使われている。 現在巨大ドームは改修中で数多くの足場が組まれていた。アヤソフィアの中はフラッシュ禁止である。内部のイメージ湧くようにスキャナーで読み込んだ。 また、何とか撮ってみた写真を記載する。
聖母子に献上する皇帝
 10世紀〜11世紀初頭のモザイクで、中央に幼いキリストを抱くマリア、コンスタンティノーブルの街を献上するコンスタンティヌス1世(右)とアヤソフィアを献上するユスティニアヌス1世(左)が描かれている。
 南入口の頭上にあるが、通常は見学ルートの出口になることが多いため、見逃さないように注意すること。
祝福を与えるイエス
中央がキリスト、左右の円の中にマリア(右)と大天使ガブリエル(左)、キリストの前にひざ巻まずいているのは、9世紀にこのモザイク画を献上したとされる皇帝レオン6世だ。キリストの右手にある書物には「汝に平和を、我は世界の光なり」と書かれている。
円盤
 聖堂内の6つの円盤は直径7.5m。ラクダの皮の上に刻み込まれた文字は、後陣向かって右が唯一神アッラー、左が預言者ムハンマド。その他4人の正統カリフ(アッラーの使途の名前。
聖母子
 後陣のアーチのほぼ中央にあるモザイク画。幼いキリストを膝に抱く美しいマリアが描かれている。頭部に対して首から下が大きめに描かれており、大らかなマリアの気高さが伝わってくる。
ミフラープ
 イスラム教の礼拝用の壁窪で、モスクに改修された際に設置された。聖地メッカの方角を示しており、中央からは20mすれている。周りには金色の装飾が施されている。
湿った支柱
 柱の水に触れるだけで病が治り、情勢は子供を授かるという伝説がある。銅版の穴に親指を入れ、一回転させれば願いことが叶うといわれる。
6本のミナレット
 アヤソフィアから帰る途中、やっと6本の
ミナレットを撮ることができた!


 アヤソフィアの観光が終り、イスタンブールの空港に到着したのが、11時30分頃。搭乗手続きを済ませ、14時30分ころ離陸した。 途中機内食が出る。約2時間55分で、 モスクワに到着する。ここで乗り換えをする。モスクワ空港は、改修工事をしており、何年前かよりは、綺麗になっていた。 しかし、入出国チェックは相変わらず悠図がきかない。ゲートは2つ有るが1つは閉鎖しているため、1つのゲートの群がって先を争うことになる。 これで飛行機の出発が遅れても、チェック担当者は我々には関係ないと言わんばかりの態度である。やはり、30分ぐらい遅れて19時55分ごろに離陸した。

夕食は、キチンライスを食べた!(機内食)
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成田に到着

 8日目、11時12分に成田空港に着陸した。

シベリア大陸を撮ってみた!
(機内から)
朝食(機内食)



 今回の旅行は、観光バスだけではなく、船に乗っての移動や寝台列車に乗ったり、クルージングンしたり、でいろいろ変化にとんでいた。
 また、幸いにも天候に恵まれ、スケジュール通り実行できた。これは、添乗員の高橋さん、現地ガイドのアルパーさんそれからドライバーのラヒットさん、ジャンさんのお陰である。 本当に思い出に残る旅行ができてありがとうございました。
 写真は、添乗員の高橋さんと現地ガイドのアルパーさん(アヤソフィアにて)


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このページは、下記の資料を参考にして作った。
 「るるぶ トルコ・イスタンブール」 発行所 JTB ッブリッシュング
  「トルコ 阪急交通社のガイドブック」
  「トルコ」 出版・販売 MERT Basim Yaymecilik Dagitim ve Reklamcilik Tic. Ltd .Sii.
 添乗員 高橋さんの「イスタンブールまでの道のり」と「ブルゴ風メモ」
 ガイド アルパーさんのガイド説明