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海外旅行記            

充実のトルコ周遊8日間

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 3日目:モーニングコール: 6:00    荷物回収: 6:45
      朝食      : 6:00    出発   : 7:30

エフェス観光

 紀元前11世紀、ギリシャからやってきたイオニア人によってエフェス近郊に都市国家が建設された。湾岸の植民地として交易によって発展したが、紀元前287年、リシマーコス帝統治下の時代に、川から運ばれた土砂のため、港が埋もれ、疫病が蔓延。やむなく海から4.5q離れた現在の位置に遷都した。この町の王金期はローマ帝国支配下の紀元前130年ごろ、約10万人が暮らしていたと推定される。当時は、ローマ、アレクサンドリアに次いで3番目に人口が多い街として繁栄し、数々の国際会議も開かれた。また、キリストの死後、使徒ヨハネが聖母マリアを伴って移り住み、 余生を過ごした地としても知られている。
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エフェス遺跡

ヴァリウスの浴場
 紀元前2世紀に造られたハマム。当時、この町に入る者は、消毒として全身に漆喰を塗り、その後、浴場で体を洗ったといわれている。
プリタネイオン
 紀元前3世紀に建てられた市議会同。高官たちによる会議が行われていた。中央にはかまどがあり女神ヘスタの聖火が昼夜灯っていたといわれる。
ドミチアン神殿
 1世紀、ローマ帝国の暴君ドミチアン帝に捧げられた神殿。2本の柱の間には高さ7mもある彼の像が立っていた。
クレスト通り
 ヘラクルスの門からセルスス図書館まで続く通り 。道の両側には有名な議員や医者の石像が並んでいる。
勝利の女神ニケのレリーフ
 クレトス通りに横たわっている勝利の女神のレリーフ。左手には月桂樹の冠を持っている。
右手の下で風になびくスカートの紐の形。ナイキのロゴは、ここから生まれたそうだとか?
 勝利の女神と一緒に全員で!
首のない石造
 任期を終えて交代の際は、石造の頭部のみ外して現職者のものと交換した。
美しいモザイク
 クレスト通り沿いにあった邸宅の下からは美しいモザイクが見られる
トラヤヌスの泉
 135年ごろ、トラヤヌス帝に献上した泉。手前は水道、奥の池は鏡としても使われていた。夜間は水の周りにトーチをかけていたので、その明りでレリーフの影がゆらゆら揺れて、とても幻想的だったという。
ハドリアヌス神殿
 138年ごろに当時の帝王ハドリアネスのために捧げられた神殿。手前の4本はコリント式柱で、上部のアーチには運命の女神ティケ(手前)とメドゥーサ(奥)のレリーフが彫られている。
公衆トイレ
 長いベンチに穴があいたようねトイレ。汲み取りの管理もしっかりされており、手前の水路の水でお尻を洗うなど衛生的であったようだ。
セルスス図書館
 エフェスのシンボルともいえる美しい建物。1階はイオニア式。2階はコリント式と様式の異なる柱で作られており、正面には知識、学識、聡明、高潔を象徴する4体の女性像(レプリカ)が置かれている。2世紀、この地を統治したセルススを偲んで息子ティベリウスが建立。
大劇場
 約2万4000人を収容できたというトルコで最大級の円形劇場。紀元前3世紀に完成後、ローマ時代に増設された。山の斜面を使って建てられた劇場は音響効果も抜群。
大劇場の中から 北側出入り口に行く途中から
娼館への案内図
 足の方向、十字は十字路、女は娼婦、ハートは愛を表しているといわれる謎の案内図が大理石に刻み込まれている客を娼館に案内するためのものだといわれているが、詳しい事実は分かっていない。1930〜40年ごろ。エフェスを発掘調査したオーストラリアの学者が、注目を集めて発掘の資金を得るために刻み込んだものともいわれている。実際の案内図は、娼館の入り口にモザイクで造られていたそうだ。大理石通りを大劇場方向に歩きながら左端の石畳みを見てみよう。
滑り止め
 この時代にすでに大理石に滑り止めの溝が掘られていた。確かにトロイの遺跡の保存状態よりこちらのエフェスの遺跡の保存状態は良いので、エフェスが如何して世界遺産にならなかったのか?に対して、 エフェスの遺跡を修復する際、この滑り止大理石を横ではなく縦の置いて修復したためである。 とアルパーさんは説明していた。ほんとかな?
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アルテミス神殿

 世界七不思議のひとつとされ、千年以上もの間、エフェスの宗教、社会、経済、生活上、実に重要な位置にあったアルテス神殿の遺跡。ぽつんと1本立つ石柱と周囲に散在する大理石の建築材・・・。時の流れの淋しさをしみじみ感じさせる風景である。

聖母マリアの家

 布教に努めた聖ヨハネが晩年をエフェスで過ごし、ここで副音書を著したこと、キリストが十字架にはりつけられたとき、母の身柄をヨハネに託したことは、広く知られている事柄である。そのために、聖母マリアもその生涯をエフェスで終えっていると信じられている。
 19世紀の末に実施された発掘調査で、パナユル山の聖なる泉の源から、基盤と石炭の破片がみつかり、“カーボン-14”による試験を実施したところ、これが1世紀に溯るものであること、地元のキリスト教信者達が伝統的なマリアの祝日を祝っていることなど、マリアとこの土地の関係がかなり強く裏付けられたのである。
洗礼の場所、遠くにマリアの家が見える 聖母マリアの家

革製品の店に寄る

 ホテルを出発して、エフェス遺跡を観光する途中で、トルコ石の店に寄る。またしばらく走って、トイレタイムをした。トルコ石の店では、皆さん、値段交渉で大奮闘した。
 アルテミテス神殿から歳暮マリアの家に行く途中、"HITIT"ホテルのレストランで昼食をした。トマトスープ、シシケバブ、サフランライス、ポテトのオープン焼き、 プリンなど、美味かった。昼食語は、革製品の店による。革製品といえばイタリアと思うが、なんとトルコが1番らしい。この店は観光客向けに、ファッションショー用舞台も設置してあり、モデルが色々と商品を紹介する。そのうち、観光客からも舞台に上がらせる。我々のグループからも選出された。

革製品のお店でのファションショウー!(モデルは誰でしょう)

パムッカレに向かう

 エフェス観光後、パカムッカレのサーマル コロッセア ホテルに向かう。 ホテルに19時50分ころに到着した。このホテルには温泉プールがあり女性群はプールに行った。

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このページは、下記の資料を参考にして作った。
 「るるぶ トルコ・イスタンブール」 発行所 JTB ッブリッシュング
  「トルコ 阪急交通社のガイドブック」
  「トルコ」 出版・販売 MERT Basim Yaymecilik Dagitim ve Reklamcilik Tic. Ltd .Sii.
 添乗員 高橋さんの「イスタンブールまでの道のり」と「ブルゴ風メモ」
 ガイド アルパーさんのガイド説明